研究インタビュー

Interview about research

※所属、職名はインタビュー当時のものです。

名古屋大学 大学院工学研究科 航空宇宙工学専攻 構造・創製講座 教授

社本 英二Eiji SHAMOTO

産業界が期待する切削に焦点を当てた研究開発

航空機業界における切削という技術の重要性

私達が研究している「切削(工具を用いて工作物からその一部を削り取り、目的形状を正確に作り出すこと)」という加工プロセス、あるいはその加工を行う「工作機械」は、航空機、自動車、電車など幅広い製品の製造に使われており、産業を支える基盤技術です。
特に航空機産業では、部品加工に高い精度の仕上げが求められる上に難しい素材や形状が多いため、切削による直接の削り出しがほとんどで、切削技術の向上に大きく影響を受ける業界です。
例えばジェットエンジンには、耐熱性が高く強度も高い材料が使用されるため、切削加工はより難しくなります。
切削加工のコストに目を向けてみると、近年航空機産業に人件費の安い新興国企業が参入しつつあるため、日本は価格競争で不利な立場に置かれています。人件費の安い国は、先進国から最新機器を導入して加工するため、日本が価格競争で勝つためには突出した新技術開発が必要となります。
私達の研究室は、問題を色々な角度から研究し、切削の精度と能率を上げる事による製品性能の向上と低コストの実現を目指します。

 

安定限界方程式を解くことによる、自励振動問題へのアプローチ

切削技術の向上に立ちはだかる「自励振動(振動に起因する加振力によって振動が成長していく不安定現象のことで、切削中に生じるものは“びびり”と呼ばれます)」問題を解決しなければなりません。
これを無視した場合、大きく成長した振動によって、工作物をダメにしたり切削工具を壊してしまったりします。
わかりやすい身近な例に例えると、マイクがハウリングする現象がこの自励振動です。この場合、ボリュームを増大していくと、あるしきい値が存在して、その値を超えると急にハウリングを生じます。切削でも、能率(この場合は切込み量)を増大していくと、同様のしきい値(“安定限界値”と呼ばれます)が存在し、それを超えると急にびびりを生じてしまいます。
この問題を解決するためには、安定限界値を大きくする事が大切です。
通常はこの安定限界値の少し下の条件で切削を行うので、仮にこの安定限界値を2倍大きくする事が出来れば、加工にかかるコストは2分の1にまで下がり、大きな社会的インパクトになります。
この安定限界値は、数学的な方程式を解く事で求められますが、遅れ項を持つ微分方程式であるため、“方程式を解く”という事自体が既に研究となっているほど難解であり、この分野の専門家が育たない大きな要因にもなっています。
しかし、この方程式を解く事で得られる“安定限界線図”というグラフが実用的に有用で、以前は匠と呼ばれる職人達の長年の経験や勘で感じ取っていた安定な条件、あるいは匠でも気付くことができなかったより安定な条件が、このグラフから数値化して的確に得られるようになりました。
最近ではこの作業をケースバイケースで機械が自動処理できるようになってきた(この技術開発にも我々の研究成果が生かされています)ため、以前と比べると大きな技術進歩といえるでしょう。
さらに重要なことは、この方程式の物理的な意味を解き明かすことです。これによって、大幅に安定限界値を大きくする、つまり能率向上によるコスト低減を実現する新しい方法を生み出すことができます。

 

突き加工を利用し、能率を高める新たな薄壁加工方法

従来の薄壁加工の方法は、「ウォーターフォール加工」と呼ばれ、振動抑制のために上端から少しずつ加工する方法でした。
しかし、この加工方法だと静たわみや強制・自励振動抑制のため小さな切込みが必要になります。これはとても低能率であることから、私達の研究室では従来の発想をガラリと変え、「突き加工」を利用して、特殊なエンドミル工具(外周刃と底刃によって素材を切削する工具)を開発してドリルのように下向きにゴリゴリと突くことで主な材料除去を行い、そのつど隣に残る凸部を仕上げる加工方法を提案しています。
この突き加工だと、自励振動の加振力が極めて小さい上に、その力の方向が薄壁の振動しやすい方向と異なり、さらに加工途中の構造の剛性が高いため、自励振動を起こしにくくなります。その結果、非常に安定して加工する事ができ、従来の方法に比べて圧倒的に高い加工能率(仕上げ面積比2.5倍、除去体積比11倍)を達成する事に成功しました。
この技術以外にも、工具の摩耗抑制技術、新たな金属3次元造形技術など数多くの研究開発を行っており、高精度、高能率、低コスト、自動化、省エネなど、幅広い切削技術の高度化に期待出来る手応えを感じるとともに、その中のいくつかはすでに実用化されて社会に貢献しています。

 

産業ニーズに合致し、学生を主役とした工学教育のために

切削加工技術の高度化に対する取り組みは多岐にわたりますが、一般の人々が目にすることがなく縁の下の力持ちのような基盤技術です。そのため、産業ニーズを大学教育に反映する体制が未熟な日本では、この切削加工分野の研究室は非常に少なくなっています。
近年では3Dプリンターなどの登場で試作期間の短縮が進んでいますが、重要な量産工程を見ればどの製造業でも切削が未だ必要不可欠なプロセスです。その研究は直接社会の発展に結びつき、産業の競争力を大きく飛躍させるとてもやりがいのある研究である事は間違いありません。
だからこそ、多くの学生にこの教育研究分野の必要性や重要性を感じてもらいたいと私は思っています。
アメリカが製造業回帰政策を推し進め、ヨーロッパで一人勝ちのドイツがインダストリー4.0を掲げてますます製造業に力を入れ、中国が「中国製造2025」で追い上げる中、製造業が経済基盤であるはずの日本には何の政策もなく、特に工学教育に対する施策は諸外国から大幅に遅れてしまっていると感じます。
例えば、日本の大学に対する大型研究費では、本当の主役である“学生“を主にした取り組みではなく、研究者である私達を主にした研究プロジェクトばかりを推進しているという、本質を考えればあり得ない問題点があります。
このセンターが、工学教育の本来の目的である「次世代産業を担う人材育成」にとって真に役立つ場所であってほしいと願っています。

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