研究インタビュー
Interview about research
※所属、職名はインタビュー当時のものです。
岐阜大学工学部 電気電子・情報工学科 情報コース 准教授
寺田 和憲Kazunori TERADA
大学を跨ぐ共同研究で、匠の技のモデル化を目指す
技術の伝承に伴う、言語化出来ないという壁
どの業種でもそうですが“匠の技”と呼ばれる技術は、その人間が何年もかけて習得した作業技術なので簡単に言語化出来るものではありません。
その為、未だに多くの業界で“その匠から見て学べ”という“理屈でなく己の肌感覚で学ぶ”という大変時間のかかるスキル伝承が行われています。
その結果、限られた人間でしか生産出来ず生産効率が上がらないという状況です。
また、匠の技術の伝承が出来ない事で、その産業自体の継続が難しくなっている業界もあり社会全体で大きな問題となっています。
この問題を解決する取り組みが、マルチセンサによる匠技術のモデル化とARグラスによる匠技術の可視化です。
しかし、モデル化への取り組みにおいて“匠自身が技術の内容を客観的に説明できない”というのが一番やっかいな問題として立ちはだかっています。
匠自身には長年の経験によって技術が文字通り身についているのですが、それを計算機が理解できる程度に客観的かつ正確に説明することは難しいのです。技術を持っていることと技術を説明できることは全く別なのです。
そこで、匠に代わって技術を説明するために、多数のセンサを用いて我々が計測を行います。そして、技術の何が要点なのかを統計学、機械学習によって明らかにし、より伝わりやすい方法で非熟練者に提示することで、効率的な技術の伝承を目指します。
今回のプロジェクトでは航空宇宙産業技術開発センターを介して岐阜大学と名古屋大学の共同開発で進められています。岐阜大チームは人工知能、認知科学を専門とする私と身体運動解析の研究されている伊藤聡先生、松下光次郎先生。名古屋大チームはヒューマンインターフェイスを研究されている間瀬健二先生、榎堀優先生と大学を跨いだ共同研究による取り組みをする事で、より高性能なモデル化と情報提示が実現できることを期待しています。
多数のセンサ、機械学習、統計を使って客観的な視点で匠の技をモデル化する
技術を解析する為には、その技術を“客観的に観測するという”という事が大変重要です。
その為には様々な計測ができるように、モーションキャプチャ、データグローブ、装着型アイトラッカー、重心動揺センサ、高速度カメラなどを使って様々な観点から観測をします。
今回はドリルでの孔あけを対象にしました。匠の方には何度も何度も同じ動作を繰り返していただき、傾向を見つけます。傾向を可視化するためのソフトウエアも開発しました。
同じ動作を繰り返して観察することで傾向が分かります。そして、この傾向を見つけるのが機械学習であり、その傾向を裏付けるのが統計です。
今回は多数のセンサを用いましたが、必ずしも全てのセンサが必要だと思っていません。モーションキャプチャでは全身の動作を計測しましたが、全ての体の動きが重要である可能性は低いです。例えば、腰の位置を安定させることが重要である可能性があります。昨年技術者の方にアンケート調査を行いましたが、勤続年数が高いほど体幹の位置や運動を重視し、勤続年数が浅いほど手や腕を重視しているということがわかりました。
孔の品質は、どれだけ真円に近いかや、どれだけ垂直かなど、客観的に計測可能です。孔の品質に繋がる身体の重要箇所や運動を機械学習によって求めることができます。例えば、肘の角度が何度であろうと、孔の品質に変わりがなければ、肘の角度は重要ではない、ということが分かります。
また、初心者の人の技術も計測し、匠の技術をより際立出せようとしています。データ上で比較することで、より客観性の高い匠の技術のモデル化ができると考えています。
現場実装を可能にする、提示方法の模索
匠の技術を効率的に初心者に伝達する方法を検討しています。どんな作業でもそうですが、初心者はマニュアルを読んでもどこにコツがあるのかよくわからないと思います。何度かやってみて、ああ、なるほど、ここに書いてあるのはこういう意味だったのか、と分かることがよくあると思います。熟練者の言葉を、運動バリエーションを持たない初心者が解読するのはほぼ不可能です。そのために、ARグラスを用いて、実際の作業状況の上に、情報を重ねて提示するということを考えています。
その際に考えなければならないのが、どのような情報提示をすれば伝わりやすいか、です。
「ドリルの角度を何度動かせ」という数値的な説明では分かりづらいですよね。なので「もっとヒジをこのように動かせ」等という説明の方が、プロセスが違っていてもわかりやすい場合もあります。
例えば、一眼レフカメラ撮影の初心者に“ブレない撮影方法”を教える時に、「脇をしめて撮影しろ」と教えます。初心者にブレない撮影をしろと言われてもどうしていいか分からないでしょう。理屈はわからなくていいから、とりあえずブレさせない為の「手段」として「脇をしめて撮影しろ」と教えるという手法に近いものです。
最終的な目的は品質を向上させることですが、そのために、作業者に「目的」を提示する方が良いのか、「手段」を提示する方が良いのか、最適な方法を探っていかなければなりません。
このプロジェクトは計測から提示まで多面的に考える必要がありますので、それぞれの分野の専門知識が大事です。大学を跨いだチームとして岐阜大と名古屋大が連携して、一刻も早い現場実装の為の共同開発を進めています。
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